内臓が、押される。
胃が、肺が、下からぐいぐいと圧迫される。息が、まともに吸えない。満ちていく熱が、私の身体の内側の空間を、一つ残らず精で埋めていく。冷たい石畳の上で、私の腹だけが獣の体温で、じっとりと熱を持っていく。
この気色の悪さを快いなどと、私は絶対に思わない。
思えるものか。
これは、汚染だ。私という器を内側から獣のもので満たして、塗り潰していく――ただの、冒涜。
どぷん、どぷん、と脈動はなおも続く。群衆のどよめきが、一段と、高くなった。
群衆が私の腹を指差して、沸いていた。
「見ろ、姫の腹が膨れていく」と。「一頭ぶんを、たっぷり呑まされて」と。嗤いと、下卑たどよめきが広場を揺らす。
視られている。
精で腹を膨らませ、内腿に獣の子種を垂れ流しながら、四つん這いで震える私を、何百もの目が視ている。この姿を、この国の連中は生涯忘れないだろう。「豚に孕まされかけた敗戦国の姫」として、語り草にするだろう。
――それでも。
私は、顔を上げていた。
膨れた腹を抱え、内臓を圧迫され、脂汗を流しながら、それでも、正面を睨みつけていた。
俯けば、楽だ。
もう何度そう思っただろう。だが、俯いた瞬間、私は「豚に堕とされた姫」になる。俯かない限り、私は「豚に犯されても、俯かなかった姫」でいられる。
その、たった一つの違いが今の私に残された、すべてだった。
「……いくら、出そうと……っ、いくら、私を、汚そうと……っ、届か、ない……っ。ここは……っ」
膨れた腹を後ろ手の指先が、かろうじて掠める。
その、少し上。心の臓のあたりを、私は内側から、睨むように意識した。
「……ここは、まだ、私のものだ……っ」
豚が最後にひときわ強く、腰を押しつけ、名残のように、どぷり、と精を吐いた。
そして、興味を失ったように、ずるり、と、私の中から質量を引き抜いた。
ずぼ、と抜ける音。堰を切ったように、石畳へ、どしゃ、と落ちる。
抜かれた穴から、溜め込まされた精が、一気に逆流した。
石畳に、白く広がっていく。私の処女の血を、わずかに混ぜて。
豚は、もう私を見もせず、鼻を鳴らして去っていった。
最後まで、私を認識しないまま。
私は、膨れの引いていく腹を抱え、荒い息を繰り返した。
涙が頬を伝った。悔しさの涙だ。屈服の涙では、断じてない。
――まだだ。
まだ、終わっていない。私は、まだ折れていない。
だが、広場の執行人が次の合図を出そうとしているのが、視界の端に映っていた。
* * *
木組みが、ぎし、と軋む。重い刃の枠が、がこん、と持ち上げられる、金属の音。
広場の中央に、それは据えられていた。
斬首台。
首を、刎ねるための道具。
ああ、やっと殺してくれるのか――一瞬、そう思った。膨れの引かぬ腹を抱え、精にまみれた私は、その刃をほとんど、救いのように見上げた。首を落とされるのなら、それでいい。姫として、背を伸ばして逝ける。
――違った。
私は、うつ伏せにその台へ括りつけられた。
首を、あの半月形の枷にはめ込まれる。落ちてくるはずの刃は、上げられたまま固定された。落とすためでは、ない。私を、この体勢で逃げられぬように、留めておくためだけの枷。
両手首も、台の左右へ縛りつけられる。腰は高く、突き出す形に木の支えで固定される。首と手を封じられ、下半身だけを無防備に晒す、その、屈辱の姿勢で。
「……なに、を……っ、殺さ、ない、のか……っ、く……っ、この、姿勢は……っ」
答えは、なかった。
私を留めた執行人は、私の問いなど聞いてもいない。作業を終えた道具を確かめるように、枷の締まり具合だけを指で、こんこん、と叩いて確かめた。それだけ。そして、興味も失せた様子で、壇上へ戻っていった。
私は、人ではなかった。
この台に据えつけられた、器具の一部。
――そう、扱われていた。
群衆のざわめきが、いつのまにか、列をなす足音に変わっていた。ぞろぞろと、順番待ちでもするような。
合図があった。
群衆の中から、男たちが列をなして進み出てくる。
理解が、また遅れて追いついた。
追いつきたくなかったからだ。
――公衆の、便所。
私は、この街の、誰でも使える、精を捨てるための、穴にされた。
「……ま、て……っ、やめ……っ、私は、道具じゃ……っ、私は、人だ……っ、人間、だ……っ」
誰も、聞かない。
列の先頭が私の後ろに立った。ベルトを外す、その、事務的な音。労働のあとに、用を足しに来ただけ、とでもいう、無関心な気配。私という女への興味も、憎しみも、加虐の喜びすら、そこにはなかった。
ただ、空いた便所を順番に使う。
それだけの、気配。
擦り剥けた内側に、ごりっ、と、また、別の質量が押し入ってくる。
豚ほどでは、ない。だが、傷だらけの襞には、人のそれでも灼けるように痛い。乾いたまま、無理に。潤う理由など、私の身体のどこにもない。恐怖と痛みで、こわばりきったまま。
男は、数度腰を振った。
愛でも、憎しみでも、征服の宣言ですらなかった。ただ、機械的に。用を足すように。そして、私の中へぬるい熱を吐き捨てて――去った。
名も、告げず。
私の顔を、見もせず。
入れ替わりに、次が立った。
同じことが繰り返される。
「……ぐ、う……っ、っ、あ゛……っ、な、んで……っ、なんで、こんな……っ、う、うぐ……っ」
一人。
また、一人。
列は途切れなかった。
私の内腿を伝う白濁が幾筋にも、幾層にも重なっていく。石畳に落ちた精が水たまりのように、広がっていく。傷ついた粘膜は、擦られるたびに、新しい痛みを律儀に拾い上げる。
視られている。
順番を待つ男たちの、退屈そうな目。囲む群衆の、下卑た嗤い。私は、刃の落ちない刑架に晒され、街ぐるみで、物として消費されていく。
こんなに若い身が、と、誰かが間接に嗤った。まだ手折られたばかりの娘が、もう街の便所か、と。あどけなさの残る顔を、精と涙で汚し、私は、その言葉を否定する術も持たなかった。若さは、この街の連中にとって、憐れむ理由にはならなかった。ただ、余興をひとつ上等にするだけの、味付けだった。
時間の感覚が溶けた。
昼の陽が傾いて、影が伸びた。それでも、列は絶えなかった。私の中は、もう誰のものとも知れぬ精で、絶えず満たされていた。
「……もう……っ、いや……っ、たすけ……っ、いや、だれか……っ、う、う……っ」
誰も、来ない。
助けは、来ない。父も、副官も、民も。私が守ろうとしたすべては、もういない。私は、たった一人でこの石畳の上で、街の便所として削られていく。
――孤独。
剣で斬られる痛みより、精で腹を裂かれる痛みより、この孤独がいちばん深く効いた。誰にも、人間として認識されない。憎まれることすら、ない。ただ、使われて、捨てられる。
意識が、白く霞みかける。
ここで、心を手放してしまえば。
俯いて、目を閉じて、「もう、姫ではない」と認めてしまえば。
――どれほど、楽だろう。
その誘惑が消耗の底で、甘く、私を手招きした。
私は、枷の中で、血の滲むほど唇を噛んだ。
噛んで、痛みで意識を繋ぎ止めた。
「……ちがう……っ。私は……っ、リーゼンフェルトの、アデルハイト……っ。姫、騎士……っ。おまえ、たちの、便所じゃ……ない……っ」
誰も、聞いていない。
次の男が、もう私の後ろに立っている。
それでも、私は言い続けた。
聞く者がいなくても。届かなくても。
自分自身にだけは、聞かせるために。
「……折れない……っ。まだ、折れて、ない……っ。ぜったいに……っ」
陽が落ちていく。
広場の松明に、火が灯された。
夜になっても、列はまだ続いていた。
* * *
夜明け前の、しん、とした静寂。遠くで、鳥が一羽、鳴いた。
いつ列が途絶えたのか、覚えていない。
気づけば、広場は静かだった。
松明は燃え尽き、群衆は去り、私を使っていた男たちも飽きたのか、疲れたのか、いなくなっていた。
――終わった。
そう、思った。姫を穢すという、この街の祭りは。
枷が外される気配がした。
執行人の手が、斬首台の木枠を無造作に開ける。首が、手首が、解かれていく。ようやく、と、消耗しきった頭のどこかが安堵しかけた。
浅はかだった。
がしゃり、と重い鉄鎖を引きずる音。冷たい輪が、うなじに、かちり、と嵌まった。
解かれたのは、刑架からだけ。
入れ替わりに、太い鉄の首輪が私の喉に嵌められた。輪から伸びた鎖が、広場の中央の石柱にがっちりと繋がれる。犬でも、繋ぐように。
立てなかった。
膝に、力が入らない。下半身の感覚は痛みと、しびれと、他人のもののような、遠さの、混ざったものになっていた。内腿は、乾いた白濁で幾重にもこわばっている。腹の奥には、豚に注がれた熱の、鈍い名残が、まだ居座っていた。
冷たい石畳に頬をつけて、私は朝の気配を肌に受けていた。
「……朝、か……」
――生きて、いる。
殺しては、もらえなかった。私を、殺す価値すら、この国は認めなかった。姫を斬首すれば、殉教者になる。だから、殺さず、穢して、笑い者にして――そして、飼う。
かん、かん、と乾いた音が響く。石柱に、木の立て札が打ちつけられた。
顔を上げて、それを読んでしまった。読まなければ、よかった。
――常設。
そう、記されていた。日々、誰でも使ってよい、と。刻限も、順も、いらぬ、と。
あの一昼夜は、見世物ではなかった。ただの、初日だったのだ。
その意味が、じわりと腹の底に沈んでくる。
私は、この広場に繋がれた。今日も、明日も、その次も。街の者が用を足しに来るための、生きた便所として。逃げられぬよう、首を、鎖で。
絶望、という言葉が喉元まで、せり上がる。
だが、私はそれを呑み込んだ。口に出せば、そこで折れる。折れて、やるものか。
遠くで、朝市のざわめきが立ち始める。そこへ――重いひづめの音と、荒い鼻息が、近づいてきた。
夜が明けて、街が目を覚ます。
二日目の、最初の一人は――人ですらなかった。
昨日の、あの豚だ。
街の者が、繋がれた私の後ろへ、また曳いてくる。生臭い息。すえた脂の匂い。丸太のような質量の気配が、傷だらけの腰にのしかかってくる。
まだ、癒えていない。
昨夜、擦り剥かれ、裂かれた場所は、一晩乾いたまま、こわばっている。潤みなど、あるはずもない。それでも――こいつには関係がない。狙いも、探りも、いらない。
ずぶり、ではなかった。乾いた傷口を無理やりこじ開ける、みちっめりめりめりっ、という鈍い音。背後で豚が、低く唸った。
「――っ、あ゛あ゛……ッ! い、や……っ、また……っ、あ゛……ッ!」
昨日の傷をそのまま、豚の肉杭がやみくもに、ぶぢっ、めりめりめり、と根元まで捻じ込んでくる。
かさぶたごと、乾いた粘膜がぶぢ、ぶぢっ、と、また、裂ける。
ぶぢぃっ……!
めりっ、めりめりっ……!!
二日目の、最初の痛みが昨日の激痛の上に、まっさらに塗り重ねられる。逃げ場は、ない。首は、鎖で、石柱に。
傷は、癒えない。
恐怖は、消えない。今日も、明日も、この乾いた身体を豚に、男に、こじ開けられる。悲鳴を、あげるだろう。命乞いも、口をつくだろう。腹を、また、あの獣の精で満たされるだろう。
それでも。
私は、鎖に繋がれた重い首を、貫かれながら、それでももたげた。
石柱に爪を立て、血の気の失せた唇を噛み、嗤う街をまっすぐに睨みつけた。
「……何度でも、繋げばいい……っ。何度でも、犯せばいい……。だが、憶えて、おけ……。ここで、豚に貫かれているのは……アデルハイト……リーゼンフェルトの、姫騎士……っ。おまえたちの、便所の、名前じゃ、ない……っ」
誰も、聞かない。
豚は、私が誰かなど知らない。街も、知ろうとはしない。私の言葉の意味を、ここは、これからも、一度も受け取らないだろう。
それでも、私は言い続ける。
今日も。明日も。この鎖に繋がれ、貫かれている限り。
――自分が、まだ誰であるかを。忘れて、やらないために。
朝の光が、豚に貫かれ、鎖に繋がれた私を、それでも、分け隔てなく照らしていく。
便所としての、二日目が始まる。
私は、俯かなかった。


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