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第3話:内ももプレス、閉店後のウチ

オリジナル小説

夕方。
遠くで、後夜祭の準備の物音が聞こえる。

行列の波が、ようやくちょっと引いてきた。
窓の外は、茜色。
学園祭も、もう、終わりが近い。

そして。
何度も、何度も並び直したあの子が。
とうとう、行列の、最後の一人になった。

「……いらっしゃい。もう何回目? 君。……まじで、ウチの手洗い、ハマったっしょ」

彼は、へへ、と、はにかんで。
カウンターの前の椅子に座った。
教室には、もう、ウチと、彼だけ。
ギャル友たちは、後夜祭の準備で、みんな出払ってて。
残ってるのは、看板娘の、ウチだけ。

……二人きり。
そう思ったら。
急に、心臓が、変な鳴り方をした。

「もー。最後のお客さんなんだから。……とびきりの手洗い、したげる。ほら、手ぇ、出して」

いつもどおり、彼の手を洗う。
にゅる、ぬる、と泡ですべる、大きな手。
もう、何回も洗った、この手。
指の股の、深さも。
手首の、骨の位置も。
ぜんぶ、覚えちゃった、この手。

ぬちゅ、くちゅ、と泡の水音。静かな教室に、それだけが響いてる。

洗いながら。
ウチは、ずっと、考えてた。
腕に胸を当てる、あの特別サービス。
あれ、もう一回、したげよっか。
……それとも。
もっと、すごいの。

だめだ。
考えたら、顔から火ぃ出そう。
でも。
この子の、うれしそうな顔が、見たい。
それだけは、まじで、ほんと。

意を決して。
ウチは、カウンターの、内側から。
彼の座る椅子の、すぐそばまで回り込んだ。
彼の、正面。
立ったままの、ウチと。
座ったままの、彼。
目の高さが、近い。
吐息が、かかりそうなくらい、近い。

「……あ、あのさ。最後の子、だけの……とっておきの、特別コース、が、あって」

彼が、こくり、と、息を呑むのが、わかった。

ウチは。
自分の、制服のスカートの、裾を。
両手で、つまんで。
そっと――たくし上げた。
さら、と。衣擦れの音が、静かな教室に響いた。

「……み、見んなよ? これは、その……手ぇ、洗うのに、必要、だから。ふ、深い意味とか、ないし……っ」

あらわになった白い内もも。
まだ、泡のついた彼の右手を取って。
ウチは――それを。
自分の、閉じた太ももの、あいだに。
挟んだ。

むにゅ。

「……こ、これが……ぎゃ、ギャル秘伝の、内ももプレス洗い。……りょ、両方の、太ももで、はさんで。……ぬ、ぬめりで、汚れ落とす、っていう……っ」

そんな洗い方、あるわけ、ないじゃん。
自分でも、わかってる。
でも、止まんない。

ウチは。
彼の手を、内ももで挟んだまま。
太ももを、ゆっくり閉じて――ひらいて。
閉じて、ひらいて。
泡ですべる、太い手を。
内ももで、しごくみたいに洗ってく。

にゅる。
ぬちゅ。
ぬる、ぬる。

「……ん、っ。……ど、どう。……ていねい、っしょ。ウチの、手洗い……っ」

やば。
なにこれ。
手ぇ、洗ってるはずなのに。
内ももを、彼の手が、すべるたび。
脚のつけ根の、いちばん奥が、じんじん、する。
石鹸の泡が、内ももを、とろとろ、伝って落ちる。

……ううん。
これ、ほんとに、泡かな。

内ももを伝う、そのぬめりが。
だんだん、泡のさらさらとは、ちがう。
もっと、とろりと、熱くて。
下着の、股のとこから。
じわ、と。
にじんで、きてる、気が、する。

「……え。な、なんで。……これ、石鹸、だよね。……ウチ、泡、つけすぎ、たかな……っ」

ちがう。
つけすぎてなんか、ない。
石鹸の桜の匂いに、混じって。
もっと、あまくて、恥ずかしい、匂いが。
ふわ、って、立ちのぼってる。

……ウチの、身体から。

やだ。
これ、ぜったい、彼にも、匂い、バレてる。
そう思ったら。
恥ずくて、逃げ出したいのに。
腰の奥が、きゅうっと疼いて。
逆に、もっと、押しつけたく、なる。

「……も、もっと、すごいの、したげる。……特別、だから……っ」

ウチは。
彼の膝の間に、割り込むように踏み込んだ。
彼の手を、内ももで挟んだまま。
今度は――自分の、いちばん恥ずかしいところを。
パンツ越しに。
彼の、手の甲に。
そっと、押し当てた。

むに、と。
薄い布ごしに、やわらかいところが、つぶれる。
近すぎて彼の息が内腿に当たる。

「……っ、こ、これも、洗ってる、から、ね。……ぱ、パンツ、越し、だし。……なにも、してない……ん、んっ」

嘘だ。
洗ってなんか、ない。
ウチは、彼の手の甲に、お股を押し当てたまま。
腰を。
前に、うしろに。
ゆら、ゆら、と。
自分から、こすりつけて、た。

にゅる、ぬちゅ、と鳴るのは、もう。
泡の、せいだけじゃ、ない。
パンツの内側は、とっくに。
泡じゃない、ウチの、熱いもので。
ぐしょぐしょに、なってる。

「……っ。……ま、まって。……ウチ、いま、なにして……っ」

我に返る。
男子の手に、お股を、こすりつけて。
腰を、振ってた。
――手を洗う、出し物、なのに。

彼は。
なにも言わずに。
ただ、真っ赤な顔で、ウチを、見上げてた。
その手は、ウチの内ももに挟まれたまま。
決して、自分から、いやらしく動かしたりしない。
ぐっと、こらえて。
ウチの、暴走を、受け止めて、くれてた。

……その、優しさに。
ウチの、目の奥が、じんと熱くなって。
そして、脚のあいだは、もっと、恥ずかしく、濡れた。

「……お、しまい。特別コース。……これ以上は……う、ウチの、ほうが、もたない、から……っ」

ふたりの、乱れた息づかいだけが、教室に残ってる。

膝を、下ろす。
スカートを、下ろす。
彼の手が、離れる。
内ももには、まだ、彼の手の大きさと熱が、残ってる。
そして、パンツの奥は。
泡とは、ぜんぜんちがう、恥ずかしいもので。
……ぐっしょり、してる。

「い、今の、ぜんぶ、忘れて。学園祭の、魔法、だから。……とくに、さいご。……ウチが、その……ぬ、濡れてた、とか。……ぜ、ぜったい、気のせいだからねっ」

矛盾してる。
自分でも、わかってる。
でも、これが精一杯。
だって、ウチ。
この子のこと。
もう、ただのお客さんだなんて。
思えなく、なってるから。

人の気配が、すう、と引いていく。

学園祭、終了の、アナウンス。
校内放送が、遠くで、そう告げた。
窓の外は、もう、夕焼け。
教室に差し込む光が、オレンジ色に染まってる。

ハンドソープランドも、閉店。
カウンターの上には、使い終わったタオルの山。
半分になった、ハンドソープのボトル。
そして。
帰らずに、まだそこにいる、ひとりの、お客さん。

「……あれ。まだいたの、君。もう、閉店だよ?」

彼は、椅子に座ったまま、ウチを見て。
帰りたくない、みたいな顔を、してた。
ウチも。
ほんとは。
帰ってほしく、なかった。

ギャル友たちは、後夜祭のキャンプファイヤーに、行っちゃった。
早く来なよ、って、笑いながら。
ウチは、片付けあるから、って。
残った。
……ほんとは。
この子と、二人になりたくて、残ったのかも、しんない。

ウチは、タオルを、一枚ずつたたむ。
使い終わった、たくさんの、ふかふかのタオル。
今日、この手で、何人の手を洗ったんだろ。
最初の真っ赤な男子。指の股で、びくって跳ねた、あの手。
それから、ウチを翻弄した、こわい先輩。
耳に息を吹きかけられて、腰、抜けそうになった。
……あれは、思い出しても、恥ずい。
いろんな手を、洗った。いろんな人と、近づいた。
でも。
ウチの心臓が、いちばんうるさく鳴ったのは。
ぜんぶ、この子の、手のときだった。

「今日は……その。何回も、来てくれて。ありがと、ね。おかげで、ウチのクラス、売り上げ、一位だったっぽいし」

彼が、なにか言った。
なぎさの手洗いが、いちばん、よかった。
だから、何回も、来たんだ、って。
そんなこと。
まっすぐ、言うから。

「……もー。そういうの、真顔で言わないでよ。……こっちが、困る、じゃん」

夕日の教室で。
ふたり、向かい合って。
言葉が、続かない。
でも、この沈黙が。
ぜんぜん、いやじゃ、なかった。

ウチは。
ちょっとだけ、迷って。
それから、意を決して。
ギャルの鎧を、ぜんぶ、脱いだ。

「……あのさ。ひとつだけ、白状する。……ウチ、ほんとはさ。……今日の、ぜんぶ。手洗いも、その……特別コースも。……はじめて、だったの」

彼が、目を丸くするのが、わかった。

「……びっくりした? ウチ、ギャルだし、こういうの慣れてる風にしてたけど。……男子と、あんなに近づいたの、まじで、生まれてはじめて。……恋愛も、まだ、一回も、したことなくて」

言っちゃった。
いちばん、恥ずかしい、こと。
最強の看板娘の、鎧の下の、素のウチ。

「……だから、さ。あんなに、心臓ばくばくで。……あんなに、へん、なってたの。……全部、君の、せいなんだから、ね」

言ったあと、心臓が、ばくばくした。
ウチ、いま、まじで、告白みたいなこと、言った。
顔、ぜったい、りんごみたいに赤い。
でも、不思議と。
後悔は、しなかった。

ウチは。
最後に、もう一回だけ。
彼の手を、取った。

「……最後に、もう一回だけ。手、洗わせて。……サービス。……ただの、無料の」

ポンプを、押す。
桜の香りの、泡を、立てて。
彼の大きな手を、両手で包む。
にゅる、ぬる、と。
今日、何十回も繰り返した、その動き。
でも、この一回だけは。
なんか、ぜんぜん、ちがった。

ぬちゅ、くちゅ、と、やさしい泡の水音。教室は、静か。

指の股を、洗う。
手首を、洗う。
一本ずつ、指を、包んで。
まるで、この手を、覚えとこう、とするみたいに。
ゆっくり、ゆっくり。

「……不思議。今日、はじめて会ったのに。……君の手のこと、家族の次くらいに、知っちゃった気が、する」

彼の指が。
泡のなかで。
ウチの指に。
そっと、からんできた。
握るでも、なく。
ただ、ふれあうように。
指と、指を。

ウチは。
振りほどか、なかった。
むしろ。
ウチからも。
きゅ、と。
握り返した。

指と、指の、あいだ。
泡が、とろりとすべって。
ウチの指と、彼の指の、境目が。
だんだん、わかんなくなってく。
どこまでが、ウチの手で。
どこからが、彼の手か。
……ずっと、こうしてたい。
そんな子どもみたいなこと思ってる自分に、びっくりする。
ギャルで、余裕で、なんでもこなせるはずの、ウチが。
たった一人の男子と、手ぇ繋いでるだけで。
こんなにしあわせで、こんなに泣きそうなんて。

「……手を、洗うだけの、お店だったのに。……ウチ、なんか。……手ぇ洗うだけじゃ、足りなく、なっちゃった」

泡を、流す。
お湯が、ふたりの、繋いだ手を、伝って、落ちてく。
桜の匂いが、教室に、ふわりと、残る。
洗い終わっても。
ウチらは。
手を、繋いだまま。
離さなかった。

「……ね。連絡先、教えてよ。……手洗いの、アフターケア、ってことで。……ちゃんと、乾いたか、確認しないと、だし。……ほ、ほら、責任、ってやつ?」

苦しい、言い訳。
自分でも、わかってる。
でも。
彼は。
ふ、って、笑って。
うん、って。
頷いて、くれた。

やった、って、心の中で、ガッツポーズ。
でも顔は、澄ました感じ、キープして。
……ウチ、こういうとこ、ほんと、素直じゃない。
わかってる。わかってるんだけど。
好きな子の前だと、どうしても、意地、張っちゃうの。
――あ。
いま、ウチ、心の中で。
この子のこと、好きな子、って、言った。

「……もー。なんで笑うの。……こっちは、まじで、真剣なんですけど」

窓の外で。
キャンプファイヤーの、火が、上がった。
遠くで、歓声。
オレンジ色の光が、ふたりの繋いだ手を照らす。

ウチは。
まだ、ちょっと泡の匂いのする手で。
彼の手を、握りながら。
思う。

……へんな出し物、だった。
ハンドソープランド、なんて。
恥ずくて、何回も、逃げ出したくなった。

でも。
この手を、洗えて。
この子と、出会えて。
――よかった。
心から、そう、思う。

「……また、洗わせてね。君の手。……ずっと。……ウチだけに、さ」

遠くのキャンプファイヤーの歓声。そして、ふたりの、静かな笑い声。

にゅるにゅるの泡と。
真っ赤な顔と。
繋いだ手の体温と。
――手を洗うだけの、あの日の、魔法。

そのぜんぶを。
ウチは、たぶん。
おばあちゃんになっても、忘れない。

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オリジナル小説学園祭ハンドソープランド【完結】
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