どこか遠くで、鐘が鳴っていた。低く、長く尾を引く、弔いのような音。
鎖の音で目が覚めたわけではない。
眠ってなどいなかった。
両手首を後ろで縛る麻縄が夜の間じゅう肌を削っていた。石畳の冷たさが薄い囚人衣を通して背骨まで這い上がってくる。それでも私は膝を抱えて丸くなることをしなかった。
背を、伸ばしていた。
リーゼンフェルトの姫は、地に転がされても地に這うことはしない。
――そう、自分に言い聞かせて。
城が落ちたのは三日前だ。
最後の門を守っていたのは私の騎士団だった。副官が私の名を呼びながら倒れたのを覚えている。民を逃がす時間をあの男が命で買った。私は剣を折られてなお二人の兵を斬った。三人目で、背から棍棒を受けて視界が白く飛んだ。
目が覚めたら、敵国ガルドの首都にいた。
ぎしり、ぎしり――木の車輪が石畳を鳴らす。護送の檻車は、街の目抜きをわざとゆっくり進んだ。
見せるためだ。「あの姫が、こうなった」と。
沿道の人々が私を見上げていた。
石を投げる者がいた。頬に当たって、切れた。血が顎を伝うのがわかった。それでも、私は前を見ていた。俯けば、この国の勝ちになる。俯かないことだけが、折られた剣の代わりに私の手に残った最後の武器だった。
――みじめな姫だ。
どこかでそう囁く声がした。間接に、風のように。
みじめで、けっこう。惨めでも、折れてはいない。その違いをお前たちは知らない。
――それにしても、若い。
そんな囁きも混じっていた。あんな年若い娘が、あの姫騎士か、と。まだ頬にあどけなさの残る小娘が、と。信じられぬという嘲りが、沿道のあちこちでさざめいた。
……若いのは事実だ。私は人より早く剣を執り、人より早く騎士団を背負った。年上の兵たちが私の細い肩の後ろに並んで立った。この頬の丸みを皆が奇異の目で見たのも知っている。
だが、若さと姫としての覚悟は別のものだ。俯かぬと決めた背骨に、齢の数など関係ない。
ふいに、両側から迫っていたざわめきが、開けた。反響が、変わる。狭い路地を抜け、広い場所へ出たのだと、音でわかった。
檻の扉が開き、荒い手が私を引きずり出す。
立たされたのは広場の中央だった。
石造りの円い広場。ぐるりを埋め尽くすほどの群衆が囲んでいる。正面の高い壇上には、ガルドの旗。刑を差配する執行人が退屈そうにこちらを見下ろしていた。私という人間ではなく、今日の「催し物」を見る目で。
「……煮るなり、焼くなり、好きにすればいい」
声は震えなかった。
そのことに自分でわずかに安堵した。
斬首なら、受けよう。
串刺しでも、火炙りでも。姫として、騎士として、死に方くらいは選べぬまでも、死に様は選べる。背を伸ばして死ねば、それでいい。滅びた国の名が、私の背筋の中にあと数分だけ残る。
――だが。
執行人の合図で群衆の一角が割れた。
そこから押し出されるように、それが来た。
重い足音。ひづめが石畳を、ぬちゃ、ぬちゃ、と湿った音で打った。
最初、私はそれを処刑の獣かと思った。
私を食い殺すために放たれた、飢えた何か。
違った。
豚だった。
――ただの、豚。
だが、ただの、では済まぬ大きさだった。丸々と肥え、私の腰ほどまである巨躯。脂の乗った背がぬらりと陽に光る。鼻を鳴らし、涎を石畳に垂らしながら、そいつは私を見ていない。見て、いない。
餌の匂いを探すのと同じ目で。
私の下腹のあたりを。
――まさか。
理解が遅れてやってきた。理解したくなかったからだ。
群衆がどっと沸いた。嗤い、囃し、指を差す。姫を殺すのではない。姫を、獣に宛てがう。それが今日の見世物なのだと、私の頭がようやく追いついた。追いついて初めて、背筋の内側を冷たいものが走った。
斬られるのなら、耐えられた。
これは。
これは、死ではない。死なせてすらもらえない。
「……ふざけ、るな。私は、リーゼンフェルトの……っ」
言い終える前に、背を蹴られた。
膝が石を打ち、囚人衣の裾が割れる。後ろ手のまま、私は四つん這いに近い姿勢に落ちた。それでも肘を突っ張って、顔だけは上げた。上げ続けた。
豚が鼻を鳴らして近づいてくる。
生臭い息。すえた脂の匂い。体温が背後から、じっとりと迫る。
こいつは私を姫とも、女とも、人間とも思っていない。
憎んでも、嗤ってすらいない。
ただ、匂いのする穴がそこにある――それだけ。
その「認識すらされなさ」が、群衆の嗤い声よりも石つぶてよりも、深く私を刺した。
私は歯を食いしばり、逃げようと前へ這った。
両手が縛られたまま、みっともなく石畳を膝で削って。
姫の誇りがこんなにも無力なものだったと、生まれて初めて知りながら。
――それでも、俯かなかった。
まだ、折れていなかった。
「……見て、いろ。私は、屈しない……ぜったいに……っ」
背後でずるり、と重いものが持ち上がる気配がした。
群衆の歓声が、津波のように、高く、高く、膨れ上がっていく。
ひづめが石を掻く。荒い鼻息が、すぐ背後で鳴っている。
背後の質量が私の腰にのしかかってきた。
重い。
人ではありえない重さ。丸太のような前脚が私の太腿の外側を挟み込むように押さえつける。逃げようと突っ張っていた膝がずるりと石畳を滑った。爪先が石の目地に引っかかって、剥がれる。痛い。だが、それどころではないと頭のどこかがもう知っていた。
生臭い息がうなじにかかる。
涎が背中に、ぼたり、と落ちた。温い。気色が悪い。ぞわ、と全身の産毛が逆立つ。
こいつは私を探している。
鼻先で、囚人衣の裾をぐいぐいと押し上げてくる。尻の割れ目を、湿った鼻面が這う。まさぐるのではない。まさぐるという言葉には、意思が要る。これは、餌の在り処を嗅ぐだけのただの反射。
――やめろ。
声にならなかった。声にすれば、命乞いになる。私は、しない。
ひづめが、石を蹴った。背後の獣が、一気に伸し上がる。
狙いも、探りも、なかった。
閉じた腿も、最後の一枚の下着も、こいつには障害ですらない。ただ、匂いのするほうへ――繁殖の本能のまま、丸太のような質量を豚は、やみくもに突き出した。
乾いていた。
私の身体は、恐怖でこわばり、氷のように縮こまって潤みなど欠片もない。剣の柄しか握らなかった手で守り続けた、誰にも触れさせたことのない場所。そこへ、なんの容赦も、加減も、狙いすらなく。
薄い下着がぶぢっ、と内側から突き破られる。
重なって、めりめりめり――と、乾ききった処女の狭い穴が灼けた鉄のような肉杭に、根元近くまで一息にこじ開けられた。
布が裂けたのと、処女を割られたのが同時だった。
ぶぢぃっ……!
めり、めり、めりっ……ぃ!!
「――っ、あ゛……ッ! い゛……っ、や、やめ……っ、あ゛あ゛……ッ!」
裂かれた、と思った。
潤みひとつない処女の粘膜を丸太のような質量が、みちみちみち、と音を立てて根こそぎこじ開け、押し広げ、最奥までみっしりと埋めていく。
激痛、という言葉がこんなにも生ぬるいものだったとは。
これは、痛みではない。私の内側が内側から無理やり形を変えられていく、その、みしみしという軋みそのもの。焼けた楔を、乾いた木に打ち込むような。裂けて、擦り切れて、それでもまだ、奥へ、奥へ。
背筋が弓のように反った。
反ろうとして、しかし腰は獣の重みで石畳に押しつけられ、逃げ場がない。私の身体は、地面と獣の間で薄い紙のように挟まれて、ただ、貫かれていく。
年若い私の身体は、丸太のような獣の巨躯の下で、いたわしいほど細く、小さかった。鍛えたはずの手足も、まだ薄いままの胸も、この質量の前では何の楯にもならない。まだ硬さの残るこの身に、これは、あまりに大きすぎた。
「ひ……っ、ぁ、あ゛、あ゛……っ、ぬ、ぬけ……っ、ぬいて……っ、ぐ、ぅうっ」
抜いて、と言ってしまった。
命乞いはしないと決めていたのに。
悔しさが痛みの底で、じわりと滲む。だが、その悔しさすらこいつには届かない。豚は、私が何を言ったかなど聞いていない。理解する頭が、ない。
それが、いちばんこたえた。
どれほど拒んでも、どれほど気高くあろうとしても、この獣にとって私はただの、温かい穴。
剣も、名も、誇りも、こいつの前では何の意味もなさない。
――姫、という言葉が、生まれて初めてただの音に聞こえた。
ひづめが石を打つ。規則的で、無慈悲な、リズム。
豚が腰を使い始めた。
愛でるのでも、味わうのでもない。
ただ、繁殖の本能が命じるまま、機械のように前後する。ごり、ごりっ、と乾いた襞がそのたびに巻き込まれ、擦り剥け、灼ける。ずりっ、ずりっ――潤いのない摩擦が抜き差しのたびに、新しい傷を私の内側に刻んでいく。
血の匂いが下のほうから、立ちのぼってきた。
私の、処女の血。捧げた相手は、豚。剣を交える価値もない、一匹の獣。
群衆が沸いている。
「姫が、豚に」と。「あの高慢な姫が」と。嗤い、指を差し、囃したてる声が遠い波のように、私の頭の上を通り過ぎていく。
視られている。
貫かれ、血を流し、獣の下で這いつくばる私を、何百という目が視ている。
その視線の一本一本が、挿入の痛みとは別の場所を、鋭く、深く抉った。恥辱。逃れようのない、晒しの、恥辱。
俯きそうになる。
俯けば、楽になる。この視線から、目を閉じてしまえば。
――だめだ。
私は、顔を上げた。
血の気の失せた唇を噛み、涙で濡れた目を正面の群衆へ、まっすぐに向けた。
「……嗤え……っ。好きなだけ、嗤えばいい……っ。だが……私は……っ、まだ、姫だ……っ」
豚の腰が、ひときわ深く突き入る。
言葉の続きはぐしゃりと、悲鳴に潰された。
それでも、私は俯かなかった。
貫かれながら、顔だけは上げていた。
ひづめのリズムが、少しずつ速く、荒くなっていく。鼻息が、いっそう獣じみて高まった。
豚の律動が変わった。
速く、浅く、そして深く。
繁殖の本能が終わりへ向かって加速していくのが、貫かれている場所から直に伝わってくる。乾いて擦り剥けた襞を、太い質量がめちゃくちゃに掻き回す。痛い。痛い。だが、私はもうその痛みに名前をつけられなくなっていた。
――もう、終わる。
そう思った。終われば、抜けてくれる。この地獄が、ひとまず止む。
浅はかだった。
これは、終わりではなかった。始まりですら、なかったのかもしれない。
豚が、地鳴りのような唸りをあげた。腰が、私の奥へ、ぐぐっと押しつけられて――止まる。
根元まで、押し込まれた。
子宮の入口を獣の太い亀頭がぐりっと、こじ開けるように潰す。逃げ場のない最奥でその先がびくり、と大きく脈打った。
そして。
どぷ、どぷん――と、内側で、重い液体が噴き上がる、低く、こもった音がした。
熱が、来た。
最初は、一噴き。
私の最奥に灼けるように熱いものが、どぷっ、と叩きつけられた。量が、おかしい。人の比では、ない。一度の脈動で、私の下腹が内側から、ぐん、と押される。
「……ぁ、っ、なに……っ、なに、これ……っ、あ゛……っ」
止まらない。
二度、三度。脈打つたびに、どぷっ、どぷっ、どぷんっ、と、熱い奔流が私の腹の中へ注ぎ込まれていく。子宮が注がれた重みで、みしっ、みしりっ、と押し広げられていくのがわかる。溢れ返った精が結合部の隙間から、ぶぢゅっ、と逆流して、内腿をどろどろと、滝のように伝い落ちていく。
それでも、注ぐのをやめない。
「や……っ、まだ、出て……っ、なんで……っ、こんな、量……っ、ぐ、う゛……っ、おなか……っ、おなかが……っ」
膨れて、いく。
平らだった私の下腹が注ぎ込まれる精の量に内側から、ぼこっ、ぼこっ、と押し上げられていく。まるで、身重の女のように。それが、獣の、繁殖のための、ただの排泄物で満たされていくのだと思うと、吐き気が喉元まで、せり上がってきた。


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